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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)708号 判決

上告人

江上不二夫

右訴訟代理人

桝田光

外二名

被上告人

野瀬康

右訴訟代理人

阿久津英三

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人桝田光の上告理由第一点について

所論は、要するに、地代家賃統制令(以下「同令」という。)の適用のある本件土地の地代につき、裁判所が同令の統制額を超えてでも適正妥当な額を定めることができるとした原審の判断は、同令一〇条の解釈適用を誤つたものである、というにある。

ところで、同令の規定によると、建設大臣は、地代又は家賃の停止統制額又は、認可統制額が公正でないと認められるに至つたときは、これに代わるべき額又は修正率を定めることができ、この場合には、右の代わるべき額又は修正率を乗じた額を停止統制額又は認可統制額とするものとし(五条)、また、都道府県知事は、所定の事由がある場合に、貸主の申請により地代又は家賃の停止統制額又は認可統制額の増額を認可し、あるいは職権又は借主の申請によりその減額を認可することができ、そのようにして認可された額を認可統制額とするものとしているが(七条、八条)、これと並んで、裁判、裁判上の和解又は調停によつて地代又は家賃の額が定められた場合には、その額を認可統制額とする旨を規定している(一〇条)ところからすると、同令一〇条は、所定の事由がある場合に建設大臣又は都道府県知事が停止統制額又は認可統制額(以下、両者を併せて「統制額」という。)の増減をはかりうるのと同様の意味において、裁判、裁判上の和解又は調停による場合には、必ずしも統制額に拘束されることなく適正な地代又は家賃の額を定めうることを予定した規定であると解することができるばかりでなく、もともと地域性と個別性を有する地代又は家賃については、建設大臣又は都道府県知事によつてなされる統制額の修正又は増額、減額が画一的になり易く、具体的妥当性を欠く場合を生ずるおそれがないではないから、地代又は家賃の額をめぐる紛争解決を目的とする裁判、裁判上の和解又は調停にあつては、必ずしも統制額に拘束されることなく適正な額を定めうるものと解するのが合理的である。なお、昭和四一年法律第九三号借地法等の一部を改正する法律附則八項は、借地法一二条一項又は借家法七条一項に基づく裁判、裁判上の和解又は調停において、統制額を超える地代又は家賃の額を定めうることを前提とした規定であると解されないではない。かような次第で、同令一〇条によれば、同令の適用のある借地又は借家につき裁判、裁判上の和解又は調停によつて地代又は家賃の額を定める場合には、必ずしも統制額に拘束されることなくこれを超えてでも適正な額を定めうるものと解するのが相当であり、ただ、右の適正な額というためには、同令の趣旨を尊重し、当該借地又は借家に適用される統制額をも考慮に入れた相当の金額であることを要するものというべきである。してみると、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関し、原判決は、挙示の証拠により、本件土地の価格、公租公課及び近隣の土地の賃料がいずれも上昇したことを認定したうえ、本件土地の賃料が約一年間増額されていない事実及びその間における物価の変動その他の経済事情等を彼此総合して、昭和四〇年二月当時において本件土地の既定の賃料(坪当たり月額五円一二銭)が不相当になつたと認定判断したものであることは、判文上明らかである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について

証拠の拒否及びその取捨判断は事実審裁判所の専権に属するものであるから、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

所論の点は、自白の取消には当たらず、被上告人が請求を拡張したものであることが明らかであるから、その請求の基礎に変更がないとしてこれを許容した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

上告代理人桝田光の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるから破毀を免れない。

原判決は、本件土地の地代について地代家賃統制令の適用のあることを認めながら、同令第一〇条に基づき裁判所は同令所定の統制額を超えてでも適正妥当な賃料額を決定することができると判示した。

しかし原判決はその理由として単に「右第一〇条の趣旨につき第一審判決のごとく限定して解する必要はない」と説示するのみで充分首肯するに足る理由を説明していない。

しかしながら同令第一〇条の趣旨は、第一審判決の説示するところが正当な解釈であつて、原判決は前記のように同令第一〇条の解釈適用を誤り同令所定の統制額を超えて土地の地代を決定した違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破毀せらるべきである。

元来土地賃貸人は、地代家賃統制令の適用がある土地については、同令の定める統制額を超えて地代の増額を請求することはできない。

賃貸借当事者が統制額を超えて地代を定めるには、先づ同令第七条によつて都道府県知事に申請して統制額増額の認可を得なければならない。

同令第一〇条は裁判(例えば当事者が統制令違反の地代を受授していたところ、訴訟上統制令違反の点が争われなかつたので、その地代がそのまま判決によつて確定されたような場合)、裁判上の和解又は調停で定まつた地代は、たとえ本来の統制額を超えていても、これを新たな認可統制額として、その地代の受授については罰則の適用を排除したのであつて、決して裁判所が従前の統制額を増額し得る都道府県知事と同様な権限を有することを規定したものではない。しかも知事はその権限の行使につき建設大臣の指示した認可の基準に従う義務がある。(同令第七条第四項、第六条第三項、第四項参照)従つて賃貸人も同令第一〇条に基いて統制額を請求する権利はないし、又裁判所も判決で統制額を超える地代増額を認容する権限はない。

仮に原判決のように裁判所が同令第一〇条に基き、判決をもつて統制額を超える地代の額を決定し得るものと解釈した場合、その統制額を超える額が同令第一〇条によりこの地代についての認可統制額となるわけで全国各地に種々雑多な認可統制額が氾濫し、建設大臣によつて全国統一的に公正妥当な地代を公定し、その統制により国民生活の安定を図ろうとする同統制令の目的は没却せられることになる。

しかも建設大臣は、同令第五条に基き地代の認可統制額で公正でないと認められるに至つたものについてその地代の認可統制額に代るべき額を定める権限を有し、この場合にはその額が新たにその地代の認可統制額となるわけである。

そうすると裁判所が判決をもつて決定した統制額が建設大臣の認定により場合によつては判決当時に遡つて減額又は増額される事態を生じ、確定判決又はこれに準ずべき裁判上の和解又は調停が、行政官庁の自由裁量による認定により自由に変更されることになる。これは行政官庁による司法権独立の侵害であつて、このような結果を招来するおそれのある原判決の同令第一〇条の解釈が違法、不当であることは論を俟たないところである。

本来地代家賃統制令の目的は同令第一条の規定するとおり地代家賃を統制して、国民生活の安定を図ることにある。

このような統制については、地代家賃を初め一般借地借家の実情、経済情勢等について十分な調査、企画及び審議の機関を有する中央行政庁たる建設大臣が専らこれを主管しているわけである。従つて都道府県知事が借地、借家の貸主の申請により同令第六条により地代家賃の額を認可する場合又は同令第七条に基いて、地代又は家賃の認可統制額の増額を認可する場合には、建設大臣の指示した認可基準に従いその認可をする義務があるのである。(同令第六条第三項、第四項、同令第七条第四項参照)

しかも前述のような原判決の解釈により同令第一〇条を適用するにおいては、借地の貸主は、借地について改良工事がなされた場合に認められる同令第七条の認可統制額の増額の認可申請を回避し挙つて認可統制額、増額請求の訴訟を提起し、又はその裁判上の和解又は調停を申立て収拾すべからざる混乱を招き、建設大臣によつて統括されている地代家賃の統制が攪乱される結果となる。そうなれば借地借家の貸主の濫訴の弊害を助長し、地代家賃統制の目的は阻害され国民生活の安定は失われるに至るのである。

建設大臣は、専門家の手により全国的に土地建物及び地代家賃についてあらゆる資料の収集、調査及び研究をして借地借家の実態調査をなし、絶えず地代家賃の趨勢その他一般経済情勢の調査研究を怠らず数次にわたり地代家賃の停止又は認可統制額に代るべき額等を定める告示を改正して来たのである。

裁判所は、借地借家の貸主より訴の提起又は和解、調停の申立があり、貸主より特に地代家賃の停止又は認可統制額の増額の主張、立証がなければ、その審理をすることができず甚だ偶発的かつ散発的である。

又裁判所においては、貸主よりその主張、立証がなされた場合においても、当事者が特に申出た書証、証人又は本人訊問又は検証、鑑定という狭い範囲内で地域的、局部的にこれを認定する外なく地代家賃の統制という大局的、一般的、客観的な公正妥当な認可統制額の増額を審査認定することはできず、多分に心情的、感情的な判断に陥り易く、或は当事者の主張、立証の功拙によつては増額の許否、その増額の幅について多大の差異を生ずるおそれがある。

現に原判決は昭和四〇年二月六日より昭和四二年八月一二日までの地代として認可統制額3.3平方米当り一ケ月金八円六五銭の5.7倍強の金五〇円の増額を認め、昭和四二年八月一三日より昭和四七年七月一九日までの地代として認可統制額3.3平方米当り月額金一二円四〇銭の6.45倍に当る金八〇円の増額を認めているが、この事実は雄弁に原判決の同令第一〇条の解釈が誤りであることを物語つているというべきである。

前述のように原判決が本件土地の地代につき地代家賃統制令第一〇条に基づき、同令所定の統制額を超えてでも相当な賃料額を決定できるものと解釈し、同統制令第一〇条を適用して統制額を超える地代の額を決定したことは、同令第一〇条の解釈適用を誤まつたものというべくこれが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破毀を免れない。

第二点 原判決は、借地法第一二条第一項の解釈適用を誤り、同条項を無視して本件土地の地代を認定した違法があり、かつ理由不備の違法もあつて判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破毀されるべきものである。

原判決は、本件土地の地代について、地代家賃統制令第一〇条に基づき、裁判所は同令所定の認可統制額を超えてでも適正妥当な賃料額を決定することができると判示し、原審鑑定人安藤兼次の鑑定の結果と、本件土地につき地代家賃統制令が適用されている趣旨を参酌し、なお既定又は従前の賃料及び右統制令による認可統制額等を供せ考慮して、昭和四〇年二月六日現在及び昭和四二年八月一三日現在の本件土地の賃料を坪当り月額金五〇円又は月額八〇円と各認定している。(原判決理由三及び四参照)

仮に原判決の地代家賃統制令第一〇条の解釈が正しいとしても、原判決が本件土地の地代の増額を認定するには、すべからく借地法第一二条第一項の規定に基づき地代が土地に対する租税その他の公課の増減若くは土地の価格の昂低に因り又は比隣の土地の地代に比較して不相当になつたことを証拠により認定しなければならないのに、原判決は、前記のごとく単に安藤鑑定の結果と既定又は従前の賃料及び前記統制令による認可統制額等を考慮したに止り、借地法第一二条第一項の各種の事情を具体的に証拠により認定して増額すべき額を適法妥当な証拠に基づいて認定していない。

従つて原判決は、借地法第一二条第一項に違背して本件土地の地代の増額を認定した違法があり、又判決に理由を附さないいわゆる理由不備の違法があり、これがいづれも判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破毀を免れない。

第三点 原判決は、本件土地の地代増額の相当額の認定に当り、上告人に対し証拠の申出につき釈明権を行使せず、漫然被上告人提出の証拠のみを資料としてこれを認定した釈明義務の違反があり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破毀を免れない。

原審においては、昭和四六年七月一二日の第一回弁論期日以来第一審判決の結果もあつて裁判所も当事者も本件土地の地代は地代家賃統制令の適用を受け同令所定の認可統制額の限度において地代の増額が認められるとの暗黙の諒解の下に審理が進められ、昭和四七年二月九日口頭弁論が終結となり同年四月二八日に判決が言渡されることとなつた。

裁判所は、右弁論終結と共に職権をもつて和解を勧告する旨決定し、数回の和解期日が開かれたが、その際本件土地の地代の認可統制額にいくら上乗せすべきかということにつき和解の焦点がおかれたのである。上告人は被上告人に対し本件土地の売渡又は本件土地に対する上告人の借地権の買取りを申出でたが、被上告人は頑としてこれを聴き入れず地代の増額のみを強く迫つたのである。

右和解勧告は結局不調に終つたところ同年六月二六日突如弁論が再開され、第一回弁論期日が同年七月一九日と指定された。

被上告人は同日本件土地の地代の認可統制額に代るべき額を定める昭和四六年建設省告示第二、一六一号を援用して昭和四七年四月一日以降の右地代の認可統制額に代るべき額は、3.3平方米当り月額金一四三円一二銭であると主張したので、上告人は同年九月二五日の第二回弁論期日に右地代の額は3.3平方米当り月額金一〇五円六七銭であると反論したのである。

原審は、第三回弁論期日である同年一一月六日弁論を終結し、判決言渡期日を同年一二月二七日と指定した。

しかるにその後上告人及び上告代理人に対し何等右判決言渡期日の変更決定の告知のないまま、上告人ら不知の裡に突然昭和四八年四月一六日本件判決の言渡がなされた由である。

原審における本件審理の経過を考えてみると、原審が地代家賃統制令第一〇条の解釈を変更されたのは何時頃か知る由もないが、和解勧告或は弁論再開の前後ではないかと思われる。

第一審において上告人が、昭和四五年一〇月一五日、証人渡辺悟一、同一円俊郎、同江上ゆき、上告本人江上不二夫の訊問を申出で、更に昭和四六年二月一九日証人前田瑞穂、同大嶽真佐夫、同長与健夫、同成瀬美代子、同鈴木鋼次郎の各訊問を申出でたのは、主として借地法第一二条第一項に規定する増額請求をするについての諸条件が現に存在しないこと、即ち被上告人の地代増額の請求は不当であることを立証し、右証人らの借地の地代が、上告人の借地の比隣の土地であるにも拘らず、本件地代の認可統制額と略同じ程度に低額であることを証明し、かつ第一審における安藤鑑定人の鑑定の結果に対する反証とする目的であつたのである。

しかるに第一審裁判官は、本件土地の地代は地代家賃統制令の定める認可統制額の限度においてのみ増額請求権が存在すると解釈した結果、上告人の前記証人及び上告本人訊問の申出をすべて却下した次第である。

しかるに原審は、前述のように同令第一〇条につき第一審裁判官と異る解釈をとるに至つたのであるから、すべからく上告人対し第一審で申出た前記証人及び上告人の訊問を原審において更に申出るかどうか釈明すべきであつたにも拘らず、漫然、前記建設省告示の解釈適用につき審理を進めるのみで弁論を終結し、専ら被上告人申出の書証並に第一審で取調べた証人野瀬子の証言、安藤鑑定人の鑑定の結果及び検証の結果を採用して被上告人に有利の判決をしたことは、釈明権を行使しなかつた釈明義務の違反であり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破毀をせられるべきである。

第四点 原判決は採証の方則に違背し、民事訴訟法第二五七条を誤つて適用しなかつた違法があり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破毀せられるべきである。

被上告人は、第一審において、被上告人は、上告人に対し昭和四〇年二月六日本件土地の地代を一ケ月一坪当り金五〇円に増額する旨通告しながら、その地代を従前通り一ケ月一坪あたり金五円一二銭の割合で昭和四〇年六月三〇日までの分を何等の異議なく受領し弁済を受けたから、本訴において昭和四〇年七月一日以降の分を右増額された一ケ月一坪当り金五〇円の割合で地代を請求すると主張し(訴状請求原因第七項参照)上告人は被上告人の右先行自白を認めたのである。

しかるにその後被上告人は昭和四四年九月二七日自白を取消し、昭和四〇年一月一日以降右増額された一ケ月一坪当り金五〇円の地代の請求をするに至つたので上告人は右自白の取消につき異議を述べた。所が第一審及び原審は、いづれも上告人の右被上告人の自白の取消に対する異議を無視し、これを単なる被上告人の請求の拡張に対する異議と曲解し、右請求の拡張は請求の基礎に変更がないからこれを許容すると判決している。(原判決理由第三項の3参照)(第一審判決理由第二項末尾参照)

しかし自白の取消につき相手方より異議の申出があるときは取消した当事者において右自白が錯誤に出でかつ真実に反することを主張立証しなければ取消の効力が認められないことは判例の示す所である。にも拘らず、被上告人は何等かかる主張立証をしていないから右自白の取消は無効であり、原判決は右自白に拘束され、これに反する事実認定は許されない。

所が原判決は右自自の取消を有効と認め、昭和四〇年二月六月以降の本件土地の地代の増額を認定しているから、右認定は採証の方則に違背し、かつ民事訴訟法第二五七条を適用しなかつた違法があり判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破毀を免れない。

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